ユアテックスタジアム仙台のスタンドが縦横にゴールドで波打つ。サポーターが肩を組み、右に左に大移動を行う。梁勇基の応援歌、通称「梁ダンス」だ。ゴール裏もバックスタンドも一体となって揺れる。我らがヒーローを称える歌。彼の活躍に期待を込めて、サポーターは全身全霊で叫び、飛び跳ねる。仙台を象徴するチャントの一つとして、長く愛されてきた歌だ。
「梁勇基、ゲットゴール、梁勇基。梁勇基、ゲットゴール、梁勇基」
元々は、2002年~04年にベガルタ仙台に在籍したシルビーニョさんの応援歌だった。チームの中心として愛され、ゴールを期待される存在へ贈られた歌。シルビーニョさんから梁勇基へとチャントは大切に引き継がれた。新人の頃にプロとしてのあるべき姿を示してくれた憧れの先輩の応援歌だった。ちょうど10年前の2014年、クラブ設立20周年を記念する「レジェンドマッチ」に招かれたシルビーニョさんは、チームの中心的存在として活躍している梁さんへ「もうすっかりお前の歌になったな」と微笑みかけた。
長く歌われてきた「梁ダンス」がユアスタに響かない寂しい期間もあった。サガン鳥栖でプレーした2020年と2021年。そして、梁が仙台に復帰した2022年も途中まではコロナ禍の影響で声出し応援が認められていなかった。ようやく8月に声出し応援が解禁されても、「肩組みや席の移動」は許されなかった。完全体の「梁ダンス」は出来ない中で巡ってきた試合出場の機会に「梁ダンス、一回ぐらいダメなの?」と茶目っ気たっぷりに笑った。歌えない時も、跳ねることができない時も、サポーターの胸にはあの歌があった。彼らは心で歌い、気持ちは肩を組んでいた。
2023年4月29日。梁はホーム・大分トリニータ戦でこのシーズン初出場を果たすと、ウォーミングアップからユアスタは特別な熱気で満ち溢れた。4年ぶり、サポーター渾身の梁ダンスにゴールドの壁が揺れた。「特別な気合いが入りました」。彼を最も奮い立たせる声が、ダンスがユアスタに広がっていた。1-0の勝利。梁のゴールではなかったが、渾身のプレーで勝利に貢献する彼の姿は変わらずそこにあった。
試合前のウォーミングアップ時。チャンスを演出した時。見事なゴールが決まった時。その歌はスタジアム中に響き渡った。約20年間に何度も歌われたその歌は、梁の背中を押し続けた。引退会見でも「梁ダンス」について聞かれると、答える前に一瞬だけ、何かを思いめぐらすような間を取った。そして優しい声でこう話した。
「本当にあの歌は自分にとって特別でした。ピッチ上から聞いている時は選手として、幸せを感じましたし、もっとやらなきゃいけないという責任も感じました。本当に仙台のサポーターの皆さんに成長させてもらったと思います。『あの梁ダンスは、結構体に堪えるんだよ』と言ってくださるサポーターの方もいました。そういう方々に、『ありがとうございました』という言葉を伝えたいです」
それはサポーターとの絆の歌。サポーターが梁の活躍を願い、また梁も歌い踊ってくれる人たちを思う時間だ。
かつて両親も歌い踊っていたというユアスタの「梁ダンス」動画を見て、「一緒に踊ってみたい」と願う男の子がいる。初めての育児で不安だった時に、「梁ダンス」のリズムで優しく揺れて赤ちゃんをあやしていたお母さんがいる。もう一度、ユアスタで「梁ダンス」を踊りたいから、苦しいリハビリをがんばって、けがを乗り越えた男性がいる。梁ダンスは世代を超えた、かけがえのない思い出で、心の支えで、目標。梁と私たちの「約束」なのだ。
歌詞には「ゲットゴール」の言葉。それは、彼に求められてきたもの。現役時代に決めた公式戦のゴールは82。応援歌を聞いて、梁はゴールを決める。そしてまた「梁ダンス」が響く。喜びの循環はいつまでも続いた。彼を励ます歌声に、私たちも励まされてきたのだ。
さぁ、皆さん。歌い踊る準備はできているだろうか。12月14日、彼はスパイクを履いてユアスタの芝を踏みしめる。その彼の周りには、「ベガルタ仙台レジェンズ」、「梁勇基フレンズ」として、あの頃をともに過ごした戦友たちが集結する。そこで繰り広げられる最高の90分を心から待ち望んでいる。それぞれの想いを込めて、最後の梁ダンスを、私たちのHEROに贈ろう。